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UAE体験記
入院初日<前日入院(※)>
06'08.04(金)
仕事が終わって帰宅し、両親とともに新幹線で岡山へ。
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名古屋からののぞみに乗り換えるが、自由席が混んでいたため 京都まで座れず。名古屋〜京都は結構長い・・・。 岡山に着くと、駅にも浴衣姿の人がいっぱい。 今日から3日間「おかやま桃太郎まつり」があり、初日の今日は 打ち上げ花火がある。 入院前のメールで、田頭先生が「良かったら花火見てきてもいいですよ」 とあったので夕食後に時間があったら見に行くことにした。 まずは両親をホテルへ連れて行く。私自身は国内ならどこへでも1人で行けるし、 宿、電車、飛行機などの手配、当日のチェックインなども手馴れているが、 両親はほとんど出かけることがないので、ホントこういうことに不慣れで、実は私が心配。 ホテルでのチェックインは母親が行なったが、フロントの横でこっそり会話聞いていた(笑)。 ホテルの人には隠れて(私は泊まらないから)両親を部屋へ連れて行く。 もちろん私も泊まったことがないホテル。 両親は部屋を開けるまではできたけれど、心配していたとおり、電気の点け方がわからず(-_-; カードをキーボックスに差し込むだけなんだけれど・・・。 シャワーの使い方(家にシャワーがないので)や冷蔵庫の確認、浴衣の確認など、 部屋の案内をひと通りしてホテルを出る。 そのまま岡山UAEセンターへ歩いて向かう。 これも明日の朝、両親がちゃんと来ることができるように案内するため。 浴衣姿のたくさんの人混みの中、スーツケースをゴロゴロ引いて歩く。 センター着。母曰く「思ったより小さい病院だねぇ」。私も最初はそう思った。 (センターのみなさん、すみません) 近くで夕食を食べる。しかもコース。私は単品にしようと言ったのにコースにしようと言うのでコースに。 実はこれが失敗。一番安いコースなのに、ボリューム満点でお腹いっぱい。苦しい・・・。 おまけに食べ終わるまでに時間がかかってしまい、花火を諦めることになってしまった。 21時前にセンターに着くと看護師さんが出迎えてくれた。「もう1人の方が今車を置きに行っていますので、 先にお部屋に案内します」と言われ、病室まで連れて行ってもらう。 今回は特別室Bをお願いした(追加料金必要)。これは後で正解だったと思った。 一般病室も個室だが、特別室にはトイレと冷蔵庫がある。 院内の説明と書類のチェック、明日の予定を説明があり、最終生理や便秘(★)について質問された。 (今思えばこのとき便秘についてもう少しちゃんと考えて返事をするべきだったと思う。後で非常に悔やむことに・・・) 看護師さんが出て行った後、両親は明日の時間の確認をして帰った。 その後パジャマに着替えて看護師さんを待つ。 看護師さんが来て剃毛。やっぱり予想通り恥ずかしい(>_<) でも看護師さんは雑談を交えながらテキパキやってくれ、どうして剃らなければならないかの説明もしてくれたので、 恥ずかしさもちょっと減少。患者は誰もが同じことをされるんだし。 剃毛後「シャワーを浴びて寝ていいですよ」と言われ、シャワーを浴びる。 その時はシャワーがこんなにも気持ちの良いものだと思いもせず。 本を読んだり、DSで「脳トレ」をしたり(脳年齢21才)するが、明日に備えて早めに就寝。 入院2日目<UAE>
06'08.05(土)
昨夜は眠りが浅かった。2〜3回起きてしまった。
先生や看護師に何回も「眠れましたか〜?」と聞かれその度『2〜3回起きてしまいました』
「ですよね〜。やっぱり緊張して眠れませんよね〜」と言われた。
でも正直に言えなかった・・・枕が高くて硬くて眠れなかったとは(-_-;
普段は低反発の低い枕なんです・・・。
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9時頃術衣に着替える。左手首から点滴用の針を注入。針の中に管が入っていて、 針を皮膚に刺したあと、管だけ残す。点滴のたびにこの管の先に、点滴からのチューブを取り付けるというもの。 術後2日目夜の点滴まで刺しっぱなしため、外れないようにしっかりガード。 「前の方がUAEを受けている間に、下で先に麻酔を開始しますから」と言われ、 準備室(兼回復室)へ歩いて向かう。その時階段下で最初の人がストレッチャーで手術室へ運ばれていった。 ここでやっと少し緊張してきた。 指定されたベッドに横になると看護師さんがこれから行なう麻酔の入れ方などを説明してくれた。 そして吉野内先生登場。術衣の片袖を外し、横を向いて背中をめいっぱい丸める。 先生が背骨周辺を触りながら、どこに挿入するのか考えている。 場所が決まるとマーキング。消毒し、先に皮下麻酔。チクッとする程度。 そしていよいよ硬膜下麻酔(★)へ。麻酔のおかげでほとんど痛みはないが、身体に押し込む感じ。 その後チューブが入ってくる。これは気持ちが悪い。チューブが体内に入ってくる感覚があるから。 チューブは背中から右肩へ回し右胸でしっかり固定。 そしてテスト麻酔が投入された。冷たかった。 その後看護師さんが尿道カテーテルを挿入。 かなり痛いことを予想していたけれど、麻酔が効き始めていたからか、思ったほどでもなかった。 下着からT字帯に替えられた。T字帯はいわば紙製ふんどし。何だか心もとない。 足の甲の動脈の場所を確認し、ボールペンでマーキングされた。 しばらく時間を置いて、吉野内先生が麻酔の効きを確認にきた。 針のようなもので突っついたり、指でつねったり。 確かに胸のあたりに比べると感覚が鈍い。左右の感覚のバランスも確認された。 多少右の方が感覚が鋭い感じがしたけれど、胸の部分に比べればちゃんと効いているし、 「大丈夫だね。ちゃんと効いているみたい。左右のバランスもいいみたいだし」とオッケーが出た。 「前の人が順調に終われば、11時半頃になるからね」と看護師さんに言われ、それまでベッドの上で待つ。 この時両親は病室に待機していたので看護師さんが「ご両親呼んできましょうか?」と言ってくれたが、 『別にいいです』と断った。看護師さんが「一応準備ができたことは伝えてきますね」と言って出て行き、 戻ってきたら「お母さんは来たそうでしたよ」と言われました。 ベッドの上で自分の番が来るのを待っている間に、私の次の人が入ってきた。 硬膜外麻酔の準備だ。看護師さんや先生と明るくお話をしていて、元気な人だなぁと思った。 私の前の人もそんな感じ。私はここでお世話になるのがまだ今日で2回目。気軽にお話できない。 前の人がストレッチャーで戻ってきた。順調だったようで、ほぼ時間通りに手術室へ。 "いよいよ自分の番かぁ・・・。きっとあのストレッチャーに入れ代わりで乗せられて運ばれて行くのね" と思っていたのに、「じゃあ歩いて行きましょうか。私が点滴持つので尿(が溜まる袋)を持ってね」と言われ 歩いて手術室へ。そしてそのまま手術台へ。術衣姿で手術台へよじ登る姿は何だかおかしい。 手術室は、以前検査でレントゲンを撮った部屋。今日は音楽がかかっていた。 台に寝ると担当看護師さんがテキパキと準備を始める。本当にここの看護師さんの動きは、見ていて気持ちが良い。 時々雑談などしながら。これは私の緊張を少しでも解くためだろうなぁと。 そこへ田頭先生登場。看護師さんといろいろ話しながら(半分は雑談)、やっぱり緊張を解そうとしてくれている。 準備ができるまではいろいろ興味深くキョロキョロ室内を見ていた。 空腹を感じ"お腹空いたな〜"と思ったことを覚えている。吉野内先生が来て、本麻酔を注入される。 準備ができて、まずは右足のつけ根部分に麻酔。術式開始。 痛みは全くない。モニターで見ていると、カテーテルがニョキニョキ動いているのがわかる。 (ただし、どこを動いているのかはわからない。) 時々田頭先生が「ここが子宮で、ここが動脈だね」と画面を指して教えてくれる。 「この筋腫は子宮のほぼ真ん中にあって、左右の動脈から栄養とってるね」。 そして塞栓開始。カテーテルからチョロチョロと流れ出てくるものが見える。 "これがゼラチンスポンジかぁ"。 左右を塞栓したら、造影剤を投入。これが気持ち悪い!! 投入された瞬間、腰から足先まで温かいものがドバーッと走る。 2回投入し、レントゲン撮影。筋腫に血流がないことを確かめて終了。 あっけなく終了。"もう終わり?"と思った。 施術中の内容はずっと撮影されていて、DVDに録画されていた。 先生曰く「う〜ん、7分くらいかなぁ。早かったね〜。だいたい平均11分くらいだからね〜。 カテーテルが挿入しやすかったのと、塞栓が早かったからね」。 カテーテルを抜き、T字帯の上からかぶれ予防のスプレーをして、局所を圧迫する何かをテーピングでしっかり固定。 今から3時間、右足は全く動かしてはいけない。 今度はストレッチャーに移されて回復室へ戻る。 術前待機していたベッドに移り、血栓予防具を足につけられる。 両足の甲にマーキングしていたところに、エアマッサージ機のようなものをつける。 左右交互に空気が入り、その圧で血流を良くするもの。 点滴などの設置が終わったところで両親が呼ばれる。 「どうだった?」と聞かれてもねぇ・・・『早かったみたいだよ』としか答えられず。 術後初めての水分(お茶)を摂る。ここでハプニングが。私にではない。 何と母が丸椅子から後ろへ倒れ落ちる。背もたれがあると思ったらしい。 実はこの直前母がいない間に父から、夜中に母がベッドから落ちたと聞いていたので、恥ずかしいと思っていたところ。 それが今度はこんな場所で派手に落ちたものだから、恥ずかしいし情けない。 母が落ち着いたところへ(落ち着いた後でよかった!)田頭先生登場。 サラッと「成功です」みたいなこと言ってくださり、両親も安心した様子。 まだまだ病室には戻れないし、身動きとれないので『観光に行っといで〜』と両親を追い出す。 恥ずかしいので早く出て行って欲しかったのだ。ここまではわりと元気だった。 そして最初苦痛が始まった。 まずは動けない苦痛。右足を動かせないので寝返りを打つことができない。 左臀部(お尻)が痛いのなんの。これはジッとしていたせいだろうと思っていたけれど、 後から考えると違ったのかも。 ベッドの上でただひたすら時間が過ぎるのを待つ。こういう時は時間の流れがゆっくりだ。 時々看護師さんがやってきて血圧測定、検温。「大丈夫ですか〜?」「痺れるところありませんか〜?」 「左足は動かしても大丈夫だからね」と声をかけてくれる。 麻酔の副作用で血圧が低下したためか、だんだんとボーっとしてくる。 お尻の痛みが酷くなり、本当に苦痛(T-T) それでもこれが長〜いの苦痛の始まりだとは考えもしなかった。 長かった3時間が過ぎ、やっと病室へ戻れることに。しかしこの移動が第二の苦痛になるとも知らず。 「麻酔の副作用で血圧がすごく低いからゆっくり車椅子に移りますよ」と吉野内先生に言われ、 ボーっとしている状態でまずはベッドの脇に座る。その状態ですでに変な感覚。 身体を支えられ、車椅子へ移される。足には全く力が入らない。目が回る。 「目をしっかり開いて。閉じちゃダメ。なるべく上の方を見て」と言われる。 車椅子を吉野内先生が押しながら、看護師さんが傍で何度も「目をしっかり開いて。閉じちゃダメ。 なるべく上の方を見て」と声をかけてくれるが、朦朧としていてなかなか難しい。 部屋を出たところまではいいけれど、階段が最悪だった。 車椅子で後ろ向きになり、一段ずつ上がるが、このときの振動が乗り物酔いに似ていて急に吐き気を感じた。 常に看護師さんが声をかけてくれているが『気持ち悪い』というとトレーを出してくれたが、 すぐに吐ける物はない。何せ朝から絶食中。何とか病室のある2階へ上がり、病室へ。 ベッドに移されるときも足に力が入らない。こんな状態は人生で初めてだった。 病室に戻った後はずっと横になったまま。動けないし、意識ははっきりしないし。その後はあまり記憶にない。 時々看護師さんがやってきて、検温、血圧測定、脈拍測定(?)、出血の確認をする。 ほとんどされるがまま。まな板の上の鯉状態。 何時かわからないけれど、両親が戻ってきた。 後から聞いた話によると、岡山城と後楽園に行って来たそう。 話しかけてきたけれど答える元気がない。 「さっき(回復室では)あんなに元気だったのにねぇ」と言われるがしょうがない。 部屋にいてもやることもないだろうから『ホテルに帰っていいよ』と追い出す。 たぶん17時半。初めての夕食が出てくる。身体を起こすとまだクラクラする。 メニューはおにぎりとスープと果物。 おにぎりは三角ではなくて、俵型で半口サイズ。きれいにかわいらしく盛り付けられている。 術中すでに空腹を感じてたくらいだから"食べたい!"という思いはあるのに、なかなか手が出ない。 最初に果物(スイカ)に手をつけた。ちゃんと種が取ってあった。 感動的な美味しさだった。口の中に水分が広がり、胃に久しぶりに固形物が流れていく。 次にスープ。具がみじん切りになっていたので、ちょっと食べる。 そしてやっとおにぎりへ。1個目を口にする。おいしい。 でもそれ以上は食べられなかった(涙)。まだまだお腹は空いていたのに。悲しい。 夕食後はまた横になっていた。何時に寝たのかわからず。 夜、何時の検温の時かわからないが、熱が38.2度あった。大人になってからこんなに高熱が出るのははじめて。 身体が火照って汗もかいた。 看護師さんがアイスノンを持ってきてくれる。 痛みも強くなり、麻酔ボタンを押す。翌朝までに2〜3回だったかな?かなり記憶があいまい。 入院3日目
06'08.06(日)
朝早い時間に検温に来てくれた看護師さんにアイスノンを交換してもらう。
「(尿の)管とっちゃいましょうか?これがなくなるだけですっきりしますよ」と言われ、
トイレに歩いて行けるか不安が残りながらも抜いてもらう。抜く時の痛みなし。T字帯も取る。
上半身を起こしてベッドに座る。少しクラクラする。
看護師さんが清拭してくれたので、1人で下着(ナプキン)をつけて術衣からパジャマに着替える。
まだ足に力が入らない。
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私が着替えている横で、看護師さんが外した尿の処理をしていた。 ボーっとした頭でも"えらいな〜"と思った。仕事であっても他人の尿の処理をするのは嫌だろうに。 でもそういうところを一切見せないのが、ここの看護師さんのプロフェッショナルなところだと思った。 再びベッドで横になっていると、両親がやってきた。 同じ部屋にいても寝ていると私からも見えない。昨夜の症状はどうだったのかなど聞かれた。 そして朝食。サンドイッチ、スープ、果物、オレンジジュース、牛乳だったかな。 サンドイッチ1切れと果物だけ食べる。残念ながらそれ以上は手を出せず。 両親はその後少しいたけれど、それ以上いてもすることがないからと帰ってもらった。 明日から仕事なので今日は自宅に帰った。 麻酔の副作用で腸の動きが悪くなり、ガスが溜まったり便秘になったりし、お腹が張る。 なるべく腸が動くようにと水分をたくさんとる。すると当然トイレにも行きたくなる。 尿カテーテルを外して初めてトイレに行ってみる。 ゆっくりだけれど立ち上がってトイレまで行けた(ベッドから数歩)。 部屋にトイレがあってよかった。少しだけ出た。出血はまだない。 中には最初の尿が出ない人もいるらしい。出ただけでもよかった。 ベッドに戻り、次の検温の時に看護師さんにトイレに行ったことを報告。 「ひとりで大丈夫でしたか?言ってくれれば付き添ったのに」と言ってくれたので 『何とかひとりでも大丈夫でした』と答えた。 この後も時々水分を摂り何度かトイレへ。そのたびに身体がすっきりする気がした。 お昼はぶっかけうどんと煮物と果物。うどんは口当たりが良かったのでつるつる食べることができた。 初めての完食。普段食べている量の3分の1くらいだけれど、大満足。完食できた喜びに浸る(笑)。 その後は見る見る体調が良くなる。夕方には立ち上がって室内を歩く。 時々ふらつくものの、倒れることはない。看護師さんと雑談できる余裕さえ出てきた。 今回入院している4人のうち、地元岡山の人は1人だけで、他3人は県外から受けに来ているとも聞いた。 みなさん私と同じ気持ちでここに決めたのだろうか? 夕食の1時間前に、腸の動きをよくする漢方を飲んでくださいと言われて飲む。 夕食は鮭のホイル焼き、白飯、味噌汁、卵焼き、果物。ちょっとずつ手をつける。 ホイル焼きはものすご〜〜〜く美味しそうだったのに、なぜか身体が受け付けず、2〜3口しか食べられず(:_;) ほとんど食べることができなかったものの、精神的には元気。夜家で心配しているだろう両親に電話を入れ、 『熱はまだ少し(37.3度)あるけど元気になったよ』と報告。 ちゃんとおとなしく休んでいなさいと釘をさされる。が、聞き流す(^^; そして・・・そして、この夜から予想していた以上に長くつらい苦痛との戦いが始まることになる。 そろそろ寝ようと思い、横になる。イタッ!足を伸ばして横になるとお腹が痛い。 我慢できないような鋭い痛みではなく、鈍い痛み。横を向いたり、身体を丸めてみたりと、 いろいろな姿勢をとってみるが、どうやってもジッとしていられない。 横になるのを諦めて起き上がる。すると座っていても痛い。 重い生理痛のような痛みが、左下腹部と左腰にのしかかるよう。 座ることも寝ることもできないので仕方がなく立ってみる。少し楽である。 しかし痛みは一向におさまらない。麻酔のスイッチを押す。痛みがひかない。 少し時間をおいてもう1度・・・もう1度・・・それでもダメ。 看護師さんがとんぷくを持ってきてくれたので飲んでみる。 少し和らいだかも?でもまだ横になれない。 次に看護師さんが座薬を入れてくれた。麻酔量も1段階上げてもらう。 でもまだ横になれない。そんな状態で時間は刻一刻と過ぎていく。眠れないまま日付が変わった。 入院4日目
06'08.07(月)
真夜中。座ることも横になることもできず苦しい。
ベッドの脇にうずくまったり(ちょっと痛みが楽になるのです)、トイレへ行ったり。
立って部屋の中をウロウロするだけで、やることがない。
水分を摂ってはトイレへ行く。なぜか便座はパイプ椅子やベッドに座るより楽。
10分に1回はトイレに行く。ガスが出て少しだけ排便もあるようになる。
でも痛みはおさまらない。麻酔のスイッチも押しているが痛みが和らがない。
午前3時。眠れないことがどうしようもなく悲しくなってナースコール。事情を説明すると
とんぷくと果物を持ってきてくれた(空腹の状態でとんぷくを服用すると胃が荒れるので)。
ついでにトイレに行き過ぎてトイレットペーパーが予備までなくなりそうなので持ってきてもらった(恥)。
部屋にトイレがあってよかったと再び痛感。トイレが独占できる!
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トイレに何度も行っているうちに気づいた。 下着を下ろす時、手が身体に当たっても右半分は全く感覚がないのに、 左半分はしっかり感覚がある。それだけ左の効きが悪いのだ。 とんぷくを飲んでも痛みはひかない。時間をおいて様子を見に来てくれた看護師さんは 「ごめんね〜、これ以上は何にもしてあげられなくって」と申し訳なさそうに言ってくれた。 "看護師さんのせいじゃないよ"と思いながら、がんばって横になった。 歩き疲れてか、30分ぐらいはうとうと。でも身体が動くとすぐに痛みを感じ、目が覚める。 午前4時半。今度は空腹感がひどく、ついに寝るのを諦め、テレビをつける。やっているのは通販番組だけ。 しかも同じ商品を繰り返し紹介しているので面白くもなんともない。テレビを消す。 室内をウロウロしたり、トイレに行ったり。だんだん夜が明けてきた。 午前6時頃、テレビを点ける。めざましテレビを見ていたら、 「部屋の前を通ったらテレビついてたから・・・」と看護師さんが気づいて入ってきた。 「寝てない割りに元気だね。クマとかできてないし」と言ってくれたけど、 かなりひどい顔をしていたに違いない。 朝の検温等が終わると、本当にやることがない。 寝てないのに眠くない。でもお腹が空いて早く朝食の時間にならないかな〜と食べることばかり考える。 朝食より前に看護師さんが漢方を持ってきて、食事1時間〜30分前に飲んでくださいと言われる。 「お腹の痛みが、麻酔の副作用かもしれないので、少し早めに麻酔止めてみる?」と言われ『はい』と答える。 やることがないので、テレビの時刻を見てきっちり1時間前に飲む。 待ちに待った朝食は、クロワッサンサンドとスープ、オレンジジュース、牛乳(果物は夜中に食べたので無し)。 すごい空腹で一気に食べたい気持ちだったけれど、胃が小さくなっているのか 少しずつしか受け付けないのでゆっくり食べた。完食。 9時45分、吉野内先生登場。 看護師さんから昨夜の様子は伝わっていた。先ほど看護師さんが言ったとおり、 少し早いけど麻酔をオフにして様子をみることになった。 麻酔を止めて1時間くらいで右側に痛みが出てきた。1時間半後には痛みが強くなってきた。 すると不思議なことに、これまでずっと痛かった左側の痛みがなくなった。 右が痛すぎて、左の感覚が鈍くなったのか?ともかく右下腹部と右腰が痛い。 左の時と同じ鈍い痛みだが、痛み度が違う。横になることも座ることも立っていることもできない。 看護師さんが注射で一気に麻酔を投入。しかし効果なし。痛みは続く。 昼食は野菜たっぷりスパゲティ。すっごく楽しみにしていたのに、痛みが強くて食欲わかず。 結局ひと口と果物を食べただけ。非常に悔しい。悔しくて泣けそうだった。 その後痛みは全く和らぐことがなく、ベッドの横にしゃがみこんでいた。 この体勢が一番マシなのである。ちょうどそこへ吉野内先生が様子を見にみえた。 私を見て「あ〜〜〜、痛いね〜〜〜」とひと言。 痛みがひどいとこの体勢をとる人が多いらしい。 少し強い麻酔を注射で入れてみるか、常時麻酔を再開するかと言われ、 夕食が食べたかったので、まず強い麻酔をお願いした。 その後の麻酔については、先生曰く「詳しい看護師に指示をしておくから」ということに。 一時的に痛みは和らぎ、ベッドに座れるようになった。 夕食は豚のポーク、白飯、冷製茶碗蒸しと果物。 お腹が空いていたので痛みと戦いながらがんばって食べた。 ジッと座っているのはつらいので、食べては歩いたり、立って食べたり。でも完食だったかな? 夜、最後の点滴があった。終わった後、UAEの日からずっと左手首についていた管が外された。 カバーしてあったテープに少しかぶれたけれど、外してもらってすっきりした。 強い麻酔の効き目がなくなっているのか、痛みが増し始めていることを伝えると、 「麻酔を再開する?強い麻酔を入れる?痛み止め飲む?座薬入れる? ○○さんがこれまで一番効き目があったと思うものでいいよ。 効き目だけは本人にしかわからないから」と言われた。 常時麻酔の再開には悩んだ。またオフにして様子を見る分、治療が長くなり、 退院できないかも・・・という不安が生まれたから。 それでも看護師さんの「眠れないのはつらいでしょう。常時麻酔を再開しようか」に素直に『はい』、 ただし、昨夜までに比べ量を1段階少なくし、明日早朝5時にオフにする計画で。 常時麻酔を再開して数時間、右は痛みがおさまった。しかし今度は左が・・・(T-T) 時々麻酔のスイッチを押すが、あまり効果を感じない。 23時頃、奇跡的に眠りそうになった。しかし眠りに落ちそうになった次の瞬間目が覚めてしまった(>_<) そのまま日付が変わった。 入院5日目<退院日>
06'08.08(火)
午前0時を過ぎても眠れない。"今日もまた眠れないのかなぁ"
ベッドの脇にしゃがみこむ姿勢にも疲れ、そう思う。
"何とかこの体勢で少しでも寝たいなぁ"と考える。
その結果、ベッドの柵に脚を通して座り、枕を柵にあてて抱えこむような姿勢。
"うん、これなら少しはマシかも"。しばらくその姿勢で寝ようと試みる。
そんな状態の中、看護師さんが様子を見に来た。
変な体勢でいる私に「麻酔を注入しようか?」と。
麻酔を注射器で注入すれば、少しは左側にも効き目があるのではないかと。
もう何でもゴザレの状態で、お願いした。
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それから30分後、麻酔が効き始めたかなと感じたので、横になってみる。 さっきまでよりは随分マシだった。これなら少し眠れるかも・・・。 少し眠ったらしい。どのくらいか不明。ただ、看護師さんがいて「どう?痛い?」と聞かれた(気がする)。 『痛いけど、随分マシになりました』と答えた(気がする)。 ここは記憶が非常にあいまいで、看護師さんが様子を見に来たことが現実なのか夢なのかもわからない。 午前5時少し前、目が覚める。2時間ぐらい眠ったのかな? 看護師さんが来て予定通り常時麻酔を止めた。 また、またあの右の痛みが始まるのかと思うとゲンナリだった。その後はもう眠れなかった。 今日も朝食前に飲んでねと、看護師さんが漢方を持ってくる。しかし時間を間違えた。 朝食は8時半なので、漢方は7時半〜8時の間に飲むのだが、 今日は5時頃起床だったので、お腹はグーグー。 勝手に朝食は7時半と間違え、漢方は6時半に飲んでしまった。 それに気づいたのは7時40分頃。 "ご飯遅いな〜〜〜。10分遅れてる〜?"と思っていた。 しかし念のため朝食時間を確認。そこで初めて1時間間違えていたことに気づく。 その瞬間考えたのは、"間違えて1時間早く飲んじゃった!"ではなく"まだご飯まで50分待つの?!"でした(苦笑)。 朝食が出てくるまでの50分は長かった・・・。ひたすらお茶を飲んで我慢していました。 今日の朝食は中華粥、杏仁豆腐。もちろん完食。 点滴が昨日で終わったかわりに、今朝から毎食後抗生物質を飲みます。 完食したからといって痛みがおさまったわけではない。 痛みは麻酔をオフにしてから再びあらわれた。これまでとは違い、左右両方に同じような痛み。 我慢できないほどではなく、何とか横になっていることはできる。 ところが・・・熱いのです。身体ではなく、臓器が(たぶん子宮)。 ヘソ下の右寄りがカーッと熱くなっているのがわかる。 不思議と痛みはなく皮膚の上から触っても熱っぽさはない。 なのに、自分だけが子宮が燃えるように熱いのがわかり、とっても変な感じ。 その熱は数時間後にはおさまった。今思えば筋腫が死にかけてて苦しんでいたのかも?! 痛みはおさまらないけれど、ひどくはならないので、麻酔のカテーテルを抜いてもらうことにした。 看護師さんは、「管をつけておけば(いつでも麻酔を再開できるから)安心感があるけど。 取っちゃえばシャワーも浴びれますから」ということで抜いてもらう。 抜いてもらう時は入れた時と同じように、身体の中を動いているので気持ち悪かった。あっという間でしたが。 抜いた痕にはカットバンを貼ってくれましたが、シャワー後には取ってもいいとのこと。 すぐにシャワーを浴びようかなと思ったけれど、「婦人科検診の番が来そうだから、ちょっと待ってて」 と看護師さんに言われ、病室で待機。順番が来たと連絡を受け、診察室へ向かう。 実は、この4日間ほとんど病室から出ることがなかったので、診察室すら遠く感じた。 何より階段が怖かった。まだ麻酔の影響が残っていたからだと思うが、 ふらつくので手すりを持たないと怖くて降りることができなかった。 吉野内先生に今日の状態を聞かれたので、昨夜からの状態を伝えました。 その後内診を受け、感染症にかかっていないことを確認。 退院後について、特に感染症にかかり易い状態なので注意するように言われました。 診察後、久しぶりにシャワー。洗髪し、すっごくスッキリした。 痛みで苦しんでいた間は洗顔すらできなかったので。これで身も心もサッパリ! 診察を受けたら「もういつ退院してもいいよ」と言われていたが、 最後くらい食事をしっかり食べようと考えていた。 昼食時間になるまでは、身支度整えたり、アンケートを書いたりして過ごす。 昼食は松花堂弁当。ご飯が少し多くて残してしまいましたが、それ以外は完食。美味しかったです♪ 13時過ぎ。身支度が整ったところで、帰ることにしました。 地元のほうに台風が接近していて、もし新幹線が止まったら大変だと思ったので。 痛みが完全になくならずに退院するのは不安だったが、これから徐々に治まると考えていた。 退院は、うれしいけれど、ちょっと寂しかった。 たくさんの看護師さんにお世話になったのに、シフトの関係でお礼が言えず終いになってしまった方が多く、 それが本当に心残りでした。吉野内先生に「あなたは本当にガマン強かったと思いますよ。 でも本当に今日退院できるかどうか不安だったんじゃない?」と言われ、 『本当に!退院できないんじゃないかと思ってました』と正直に答えました。 その時もまだ痛みが続いていたし。 先生と看護師さんに見送られ、呼んでもらったタクシーで岡山駅へ。 帰りの新幹線、自由席はほぼ満席。 席を見つけて座ったのはいいけれど、痛みが残っていてジッとしているのがとてもつらかった。 どうしても痛くて、多目的室を借りようと車掌さんに言ってみたら「今日は車椅子の方が東京まで 使っていますので・・・」と言われ、泣く泣く座席に戻りました。 1時間40分、名古屋までガマンし、名古屋で乗り換え、更に30分ガマンして乗車、 駅には父が車で迎えに来てくれており、やっと帰宅となりました。 術後の痛みを考えると、もう二度と受けたくないと思ったけれど、岡山UAEセンターで 手技を受けることができたことは、本当に良かったと思っています。 岡山UAEセンターとの出会い、吉野内先生、田頭先生、すべての看護師さんとの出会い、 これは本当に幸運でした。 この先の様子は、退院後経過として書いています。そちらをご覧ください。 |